[ 愛読書 ] Archive
その黒いことは寒天だ
ガドルフの百合:宮沢 賢治(著)、ささめや ゆき(絵)

ささめやさんにとっては、これが初めての絵本のお仕事だったそうです。その時の苦労話は何度読んでも飽きません。
「ストーリーは何度読んでもわからなかった」とささめやさんも言っているけど、わたしもやっぱりわかりませんでした。これも調べてみるといろんな説がぞろぞろと出てくるのだけど、そればかり見ていると本来の本の存在を忘れてしまいそうなのでもう見ない。
物語というよりほとんど詩のようなのですが、不思議と繰り返して読むたびに、ことばの不思議さや表現に魅了されていくようです。
「ハックニー馬のしっぽのような、巫山戯た(ふざけた)楊の並木と陶製の白い空との下を、みじめな旅のガドルフは、力いっぱい、朝からつづけて歩いて居りました。」
久しぶりに読んでみたらこの最初の一文に妙にときめいてしまいました。どこからどこへ行くのか、なんのための旅なのかわかりませんが、ガドルフはとてもつらそうです。それだけど、ささめやさんの描くガドルフの姿はグレーの背景の中をいきいきと歩いていて、それがヘンに合っていてとてもいいなと思いました。『曖昧な犬』なんかはどう見ても笑っているし、ガドルフもこの犬を見て元気づけられたのかも。
ストーリーは難解だけど、雨にぬれた大きな黒い家のことを『黒い寒天』と表現したり、とても不思議だけど、その描写は独特で鮮烈です。一度読むと、そのことばがぐるぐる頭の中をめぐるようです。
電光に閃く百合の様子は、絵にもことばにもとても力がありました。ささめやさんてすごいなぁとあらためて思いました。
百合の花は折れてしまっても、これまでの苦しみから開放されたように再び旅を始めるガドルフの姿に、不思議と勇気が湧いてくるのでした。
銀河鉄道の夜
銀河鉄道の夜 (画本宮沢賢治):宮沢 賢治(著)、小林 敏也(絵)

どんぐりと山猫と同じ感覚で読み始めましたが、思ったより難しくてとても時間がかかりました。昔読んだことがあったつもりだったけど、あれは子供向けに編集されたものだったのかも。
ふがいなくも途中で挫折しかけて、アニメーションの『銀河鉄道の夜
天空から視線が降りてくるようなオープニングは、サントラの迫力もあっていつも鳥肌立ってしまいます。他のシーンも、音楽を思い出すだけで涙が出てしまう。
そんなので、本を読んでいても自然と頭の中で細野晴臣が流れてくるのですが、映画のおかげでかなり読みやすくなりました。
ウィキペディアやその他いろいろなサイトで、宮沢賢治の精神世界をあれこれ解析していてとても勉強になりますが、わたしがやると頭が割れてしまうのでやめます。
わたしは、病気のお母さんとジョヴァンニが交わすことば、また汽車の中での鳥捕りや難破船の青年との会話がとても印象に残りました。
鳥捕りはジョヴァンニの切符を見てとても感心したりしていたけど、鳥捕りは瞬時に汽車から降りたり乗ったりできるのに、天上までは行けずに永遠にあそこで鳥を捕っているのかしらと思うと気が遠くなる。生前中にたくさんの鳥を殺して、死に切れないでいる存在なのかな。このへんのことをもっと知ろうとするとどんどん深みにはまりそうなので、何度も読みなおして自分で考えるのが一番かもね。
難破船の青年のことばは何度読んでも胸に突き刺さります。「ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです」
そんな風に清らかなこころを持って生きてみたいと思うけど、ふと我に返って欲ばかりの自分にがっかりしてしまいます。
この本と一緒に、『セロ弾きのゴーシュ
それだけこの作品への力量が違うのだろうけど、細かい描写や1ページめくるごとに変わる美しい色合いにはため息が出てしまいます。
どんぐり裁判
どんぐりと山猫 (画本 宮沢賢治):宮沢 賢治(著)、小林 敏也(絵)

しかし当時のわたしにはあまり面白さがわからず、ぽかんとして聞いていました。その約15年後に上京する際、持っていく本と置いていく本を分別して、この本もなんとなしに持っていくことに。そのまた10年後にあらためて読み返してみて、ようやくこの本の素晴らしさが身にしみております。
「一郎」のうちに届いた山猫からのはがきから始まる、おかしな裁判のおはなし。山猫と一緒にいる馬車別当が今でもちょっとこわいのだけど(表紙の人)、いままで宮沢賢治の本のおもしろさに気づかずに生きてきてしまったことを悔やんでしまいそうです。
夢からさめていくような幻想的な結末がとても印象に残りました。
『画本 宮沢賢治』は、パロル舎からシリーズで出版されています。何冊もあるので、すべて揃えるのはなかなか難しいけど、絵や色彩だけでなく、装丁や紙の質感などまで凝りに凝っていて、他の作品も少しずつでいいから揃えてみたいなと思ったりします。
すべて小林敏也さんの、スクラッチと呼ばれる技法の版画のような絵なのですが、緻密な細いラインや、重なって透けて見える色合いなどにうっとりしてしまいます。
わたしの持っているのは1984年のもので、文章はすべて現代かなに書き換えたものだと思います。デザインでもあるのだろうけど、字がとても大きくて読みやすいです(ルビもふってある)。だいぶあとで買った同じシリーズの本では、原本での表記が()付きルビで表記されていて、その旨の注釈も付いていました。どんぐりと山猫も、新しく刷りなおしたものはそのような形式になっているのかもしれません。
絵本画家の頭の中
絵本画家の日記2:長 新太

長さんが闘病中の、ごく短い白黒の絵日記なのですが、何度読んでも胸がいっぱいになってしまいます。日記の内容からも、時々体調が良くなかったり気持ちが塞いでいるような様子がうかがえるのですが、それでも文章や絵はユーモアに溢れていて、とてもおもしろいです。
少し真面目な長さんの文章を読んでいると、なるほどあんな絵本が描ける理由がほんの少しわかる気がします。寄稿のために書いた日記だから、ほんとうの長さんの心の中とは少し違うかもしれないけど、人生の先輩でもある長さんの言葉の数々は、人生の道標のようでした。
この10倍ぐらい、もっともっと読みたいなー。
アマゾンを見てみると、この本はもう絶版になっているのかと思ったけど、いまは講演会DVD付き
バター、バター、クリーム、バター
アリス・B・トクラスの料理読本 ガートルード・スタインのパリの食卓:アリス・B・トクラス(著)、高橋 雄一郎・金関 いな(訳)

ガートルード・スタインは作家で、新人画家のパトロンでもありました。アリス・B・トクラスはガートルード・スタインの生涯の恋人で、この本はガートルード・スタインが亡きあと、アリスがガートルード・スタインや友人たちにふるまった料理のレシピとエッセイをまとめたものです。
わたしはガートルード・スタインもアリス・B・トクラスも知らなかったんですが、ふたりとも女の人です。
ガートルード・スタインがサロンで客人のお相手をしている間、アリスはせっせとごちそうの支度をしていたようです。数々のレシピがかなり詳細に書かれていますが(写真などはない)、どれも手間と時間のかかる手の込んだものばかりでした。
食材も豪華で、なかなか真似のできそうなレシピがないのだけど、一番びっくりしたのは「蛙の足を100本用意して」とさらっと書いてあったこと。フランスでは蛙の足が普通に手に入るのかな。わたしは一度だけ食べたことあるんだけど、思わずベルヴィルランデブーを思い出してしまいました。
まだ読み始めたばかりの頃、あんまりよだれが出るので『小猪のロースのロースト』を豚肉に変えて作ってみました。オーブンで焼きながら、皿にたまったバターと肉汁をローズマリーの束を使って肉に塗りつける作業が楽しかった。仕上げにゆで栗を加えるのだけど、なかったので割愛。一応『猟肉料理用のソース』というものを作ったのだけど、いろいろ足りないものを省いて、バターの量も減らしたら、結局いつものソースのような味になってしまいました(笑。
タイトルにはパリの食卓とあるけど、パリでのエピソードは前半で、あとは戦時中の基金の仕事でクルマで旅をしながらの食卓となり、その後1年アメリカでの食卓もあり、後半は南仏ビリニャンで14年間過ごします。
ビリニャンでの菜園の様子はとても興味深く読みました。いろんな野菜やフルーツを育てて、その成果などが詳細に書かれていておもしろかったです。「自分で作った野菜の収穫ほど胸をときめかせ、深い満足感を与えてくれるものはなかった」という彼女のことばが、とても心に残りました。わたしもいつかは...。
そういえばアルネでの解説には「ハシシ入りケーキ」のことが書かれていたのだけど、それは最後まで出てきませんでした。不思議に思っていたのだけど、翻訳者高橋雄一郎さんのあとがきに、原本が膨大だったため3分の1にカットしたということが書かれていました。このハシシ入りケーキ(正確にはハシシ・ファッジ)はカットされた「友人たちのレシピ」という章に収録されていたそうですが、初版の出版時にもこのやばいレシピは削られていたそうです。
高橋さんのあとがきは、とても文章がきれいで引き込まれる内容でした。本文の訳も、分かりやすくとても読みやすかったです。
最初のページを読み始めてからすでに何年も経ってしまったので、もう一度最初から読み直したくなっております。
にせものみたいなほんもの。と、そのにせもの
small planet:本城 直季

ジオラマのような、でもよく見るとものすごくリアルな写真、見れば見るほどわくわくしてくるのでした。いつもなんの気なしに見て単純に「いいなぁ」と思ってそのまま忘れていたんだけど、最近のわたしはなにしろあれですから、今回の里帰り後にさっそくあれこれ調べたわけです。そうしたら、翼の王国に載っていた写真家はこの本城直季さんということが直ぐに判明。さっそく写真集を買ってしまったのですが、やはり見れば見るほど夢中になってしまいます。長男も、写っているクルマを見るたび「トミカ!トミカ!」と騒いでいます。
東京などに住んでいると、巨大なマンション群のその中に住んでいる人の数を想像して気が遠くなったりするのですが、それもこんな写真を見てしまうとちっぽけだなぁと思います。心底いやだなぁと思っている事柄も、こういうスケールで見ればかわいいもんかも。
詩的短編小説
コヨーテ・ソング:伊藤 比呂美

昔の民話がベースになった、コヨーテが擬人化されたような不思議なお話でしたが、ややエロティックで、やや残酷で、でもとてもユーモアのあるおもしろい文章でした。連載だったのでぜひ他のも読んでみたいなぁと思ったのだけど、ずいぶん時間が経ってるのでもしやと思ってアマゾンで探したら、1冊の本になっていたので買いました。
雑誌に掲載された9編に加筆され、さらに書き下ろしの詩も入っていました。伊藤比呂美さんは、1955年生まれの詩人です。書き下ろしの詩からは、伊藤さんの強烈な個性がうかがえました。どちらかといえば、やはりコヨーテに掲載された小説の方がわたしは好きでした。詩の方は、わたしにゃちょっとインパクトが強すぎかも。小説だけを読んだときはうちの母も好きかなぁと思っていたけど、どうかな。
コヨーテについての短編は、どれもほんとにおもしろくてわたしは好きです。一番好きだったのは、雑誌の方に掲載されているのを読んだカエル女とコヨーテのお話し。なんともぞくっとくるブラックユーモアたっぷりの物語です。
いとしのわが家!

少し前にIKEAで布を買って派手なカーテンを作りましたが、それにあわせて布団&枕カバーをやっと買いました。これまでは横部分にながーいファスナーのついた無印良品の布団カバーを使っていましたが、これが洗濯のときに着せ替えるのが死ぬほどめんどくさいのでした。開けたときにむわっと出てくるほこり?羽根?にもうんざり。でもIKEAの布団カバーは下に大きな穴が開いてるだけで、そこからお布団を突っ込むだけです。海外のものはこういう作りなんでしょうか?昔買った子供用の布団カバーには上の両端にも小さい穴があって、そこから布団の角を引っ張れて便利でしたが、今は下だけなのですね。前の方が良かったけど、まぁファスナーで密閉してしまうカバーよりはずっと使いやすいです。
そんなもので、この大きなブロックチェック柄と、もうひとつグリーン系のカバーセットを買いました。安いなぁ。今まで使っていたカバーは、幅をシングルサイズに直して千葉のおうちにでも持っていこうと思います。
現実と紙一重のファンタジー
椰子・椰子:川上 弘美(文)、山口 マオ(絵)

子持ちの女性の春夏秋冬の日記。四季の移ろいやその時々の旬の食材を使った家庭料理、家事のことなどがいかにも日記らしく綴られています。しかし、そこに「もぐらと一緒に写真をとる」とか「冬眠に入る」とか、とても不思議なエピソードが混じっています。
「子供をきちんとたたんで押入れにしまって」という表現が強烈に心に残って、いまだにこの本を思い出すときいちばんに浮かんできます。
台風の過ぎたあと、近所の塀にかたつむりを見に行く日があるのですが、黒山の人だかりの中、老人会のトランペット演奏に合わせてかたつむりがつくる『かたつむり文字』を見る、という催し。演技の終わったかたつむりは、つのを振りながらゆっくり退場していく、というので、そのさまを想像していつまでもにやにやしてしまいました。
ジャンとルイと名乗る鳥も度々登場しておもしろかった。
ぶっ飛んだ部分ばかりをかいつまむとあまり意味のない物語のように思えるかもしれないけど、日記の軸には『わたし』が日々を丁寧に過ごしている姿があって、読んでいると不思議と安らぐ感じです。
マオさんのイラストも本当に日記のイメージとぴったりだと思います。版画だけでなく、水彩画やオブジェもあって、作品をたくさん楽しめるのも魅力的。
最後におふたりの『あとがきのような対談』があるのですが、これがまた、とても楽しかったです。
マオ猫少年
学校ともだち:長野 まゆみ

山口マオさんのマオ猫が、長野まゆみさんの描くレトロでスペイシーな世界にハマりすぎていて、本屋で鼻血が出そうになったのを覚えています。この表紙が本当に大好きなんだけど、いま手に入る文庫本は出版社が変わって表紙がダサくなってしまいました。かなしすぎるので、自分のボロボロの本を載せます。
どこかの学校の、第6学級B組の1年間の学級日誌。
日付と当番の名前に、『今日の出来事』、『学習』、『反省』、『担任の欄』がつらつらと続いていくだけなのですが、これが本当の学級日誌のようでおもしろい。
当番の子どもの書き方から、その子や他のクラスメイトの性格が手に取るように分かって、1年の間にいろんなことがあってみんなが成長していく様子が、担任の先生になったかのようにうれしくなってしまいます。
先生のことばもまた、毎回的確で愛があって、こんな先生がいたらなぁと思ってしまいます。
それとまた、長野まゆみさんの独特な世界観にどっぷり。
昔エッセイで『大人は判ってくれない』のような少年たちが好きだというようなことを書かれていたと思うのだけど、B組の生徒たちもみんな少年ばかりです。登場人物の名前も、オヅ先生、トィ、ノッブ、チハヤ、ノンノン、シュウイチ、クドゥ先生などなど、時代も国籍もよくわからないところに惹かれます。
また日誌のあちこちに『薬罐(やかん)』、『硝子』、『外套』、『テレヴィジョン』、『ビルディング』というようなレトロなことばが使われるのに反して、夏期の外出規制だの、気温の変化についての弊害のことなどがまさに少し未来のことを指して書かれているようで、とても不思議な感覚になります。
10代後半の子どもたちを対象に行うらしい『選抜』という制度については、読んでいて少し怖くなりました。子どもたちは、地下のシェルタァ・シティでの<生活実験者>と山や海での<野外活動>のグループに選抜され、2年間活動するというような内容なのですが、詳しい内容を誰も知らず、なんだか戦時中のようだと思いました。
そういえば、星空観測をしたり、鉱物や薬品の名前が度々出てきて『銀河鉄道の夜』のイメージと重なります。あの映画でも、やはりカムパネルラやジョヴァンニは猫でした。
いつかうちの息子達にも読んでほしいなぁと思う本です。こないだ長男にちょこっと読み聞かせてみたのですが、まだ難しかったのかぽかんとしていたのでやめました。はは...。















